荏原製作所の挑戦:グローバル基幹システム導入を支えるチェンジマネジメント【対談】

荏原製作所(東京都大田区)では、「技術で、熱く、世界を支える」という旗印のもと、中期経営計画の一環としてグローバル基幹システムの導入を進めており、このプロジェクトではチェンジマネジメントを活用することで成果を上げています。

今回、荏原製作所の入江哲子様に、このプロジェクトや社内でのチェンジマネジメントの具体的な活用事例についてお伺いしました。聞き手は日本アタウェイ株式会社 チェンジマネジメントコンサルティングサービス ディレクターの和田円香です。

この対談では、荏原製作所の変革に向けた取り組みや成果、さらに文化や言語の壁を乗り越えた成功の秘訣について詳しく掘り下げていきます。企業が直面する変革の課題にどのようにアプローチし、成功へと導くかを考えるヒントについて、対談を通じてご紹介します。

【対談者プロフィール】

株式会社 荏原製作所
ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼 CIOオフィス

入江 哲子(いりえのりこ)

慶応義塾大学卒業後、日本HP、花王にてアジアERP導入教育(E&C)、アジア・スイスなどでの半数以上海外メンバーで構成されるグローバルリーダーシップ開発研修の企画立案、欧米ASEAN中華圏での新規事業創造プロジェクトに従事。その後DX推進組織を経て、ソニーグループのグローバルHRプラットフォーム推進。現職ではダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)および、ERP導入グローバルチェンジマネジメント他、推進。

ビジョン実現のための「自分ごと化」、経営層の理解と社員からのフィードバックがチェンジマネジメント推進の原動力


和田:荏原製作所は、「技術で、熱く、世界を支える」という旗印のもと、長期ビジョン「E-Vision2030」を掲げています。社会・環境価値と、経済価値を同時に高めることで企業価値を向上させる変革施策を進めていると伺いました。その中で、チェンジマネジメント推進の背景やきっかけについて教えていただけますか?

入江:「E-Vision2030」の重要課題の1つは「人材の活躍促進」です。目標を達成するには、多様な人材がやりがいと働きやすさを感じ、挑戦する企業文化が不可欠です。

ただ、「人材の活躍促進」を実現するためには、まず「社員の意識変革」が重要です。経営層は「自分ごと化」の重要性とシステム導入に伴うチェンジマネジメントの必要性を理解され、具体的なプロジェクトを通じてチェンジマネジメントに取り組むことにしました。これにより、人に寄り添ったシステム導入と変革の推進を目指しました。

Prosciでも「積極的で目に見えるリーダーシップ(スポンサーシップ)」が成功の要因とされていますが、弊社の経営層もこの重要性を認識しています。本日はその事例を共有できればと思います。

和田:チェンジマネジメントは海外では1990年代から発展・進化を遂げていますが、日本ではまだ適用例が少ないかもしれません。貴社は国内でいち早くその重要性を認識し、様々な変革プロジェクトにチェンジマネジメントを適用しています。最初の一歩は難しかったと思いますが、その後の進化についてお聞かせください。

入江:そうですね、弊社では、当初は「チェンジマネジメントとは何か」という基本から始めました。どのプロジェクトが最も効果的で安全かを社内で協議し、最初から大規模なプロジェクトを扱うのではなく、小さなものからスタートしました。その結果、一定の成果とフィードバックを得られたため、現在はより複雑な業務変革やERPシステム導入プロジェクトに応用しています。

推進体制としては、初期にE&C(Education and Communication)機能を配置し、部門横断で始めましたが、今では本社や各カンパニープレジデントのリーダーシップのもと、各社や部署が自らチェンジマネジメントを進める段階に至っています。

文化や言語の壁もあるグローバルプロジェクト「Project ENGINE」、ADKAR Modelで個人の変革状況を可視化


和田:チェンジマネジメントの具体的な活用についてお伺いしたいのですが、現在の変革プロジェクトの一例を教えていただけますか?

入江:現在、荏原グループでは「Project ENGINE」と呼ばれる大規模なERP導入のグローバルプロジェクトにチェンジマネジメントを活用しています。このプロジェクトは、「E-Vision2030」に基づく中期経営計画「E-Plan2025」の一環で、グローバルに拡大するビジネスを支えるために経営・事業インフラの高度化を目指しています。

具体的には、国内および欧米・アジアのグループ会社を対象に基幹システムを導入し、グローバルなインフラ基盤を整えることで、グローバル一体経営を実現することが目的です。

このプロジェクトには既に300人以上が関与しており、言語や文化の壁など、グローバルならではの課題も存在します。非常に難易度が高い取り組みだと感じていますが、関係者がプロジェクトの意義を理解できるよう、「個人の意識変革・行動変容」にも焦点を当てたチェンジマネジメントを進めています。具体的には、Prosci ADKAR® Modelを活用しています。

和田:Project ENGINEの変革テーマを推進する中で、人的側面についてうまくいった点と、課題があった点を教えてください。また、課題にどう対応したかも知りたいです。

入江:チェンジマネジメントを活用した結果、プロジェクトに関わる個人の変革状況が可視化できた点は良かったと思います。ProsciのADKAR Modelを使ったサーベイで、変革に影響を受ける部署や個人の課題が明らかになりました。例えば、システムの使い方に不安を感じているのか、変革の意義が理解できていないのかなどの課題を把握できたため、それぞれの層に合った対策が取れました。

「人の変化」という曖昧な要素を定量的に可視化できたことで、経営側の意思決定の指標にもなり、プロジェクトを円滑に進める助けになったと思います。ただ、うまくいかなかった点も多くありました。プロジェクト初期には、変革への不安から進行がスムーズでないこともありました。

その際には、チェンジマネジメントの「変革を成功に導く貢献要因」の考えを取り入れて、変革に前向きな人材を募り、彼らに仲間や伝道師になってもらいました。また、社長が直接活動に参加し、目に見える支援を示すことで、草の根的な支持を得ることができ、プロジェクトの雰囲気も改善されました。

こうした試行錯誤はどのプロジェクトでもあるものですが、結果的に、各組織の文化や変革の内容に応じた独自のアプローチも生まれ進化したのが大変関心深いと思いました。まだ道半ばですが、チェンジマネジメントはあくまで方法論であり、実際の活用では企業や組織に応じて、柔軟に対応することも重要だと感じています。

早期にリーダーとコミュニケーションを取り、目的を共有することが重要


和田:入江さんは、変革活動を推進する際、特に「プロジェクトの早期立ち上げ」と、プロジェクト成功を推進する3つの役割である「経営層のスポンサーシップ、プロジェクトマネジメントチーム、チェンジマネジメントチーム」の連携を重視されていると感じますが、その重要性についてアドバイスをいただけますか。

入江:以前の上司や同僚からはよく、「入江は、ずいぶん前からこの考えを自然に実行していた」と言って頂くことがあり、私なりに整理してみました。プロジェクトは多くの関係者の協力があって成り立ちますが、成功には経営層(スポンサー/リーダー)、プロジェクトマネジメントチーム(PM)、チェンジマネジメントチーム(CM)の連携が必須で、私の経験からも、プロジェクトの立ち上げ段階が特に重要だと感じています。

海外にシステムを展開するプロジェクトでは、早期に現地のリーダーやメンバーと会い、プロジェクトの目的や人の観点からの支援の重要性を伝えています。また、プロジェクトが始まった後は”目に見える形”のスポンサーシップ(支援)が最も重要です。変革成功には、経営層がリーダーシップを発揮し、コミットメントを「常に社員に見せ続ける」ことが不可欠だと思っています。

弊社では、経営層が変革の目的を熱意を持って発信してくれており、それを社員全員が理解頂くことも重視しています。さらに、プロジェクトマネジメントとチェンジマネジメントの統合も本当に大切で、例えば、欧州でのERP導入プロジェクトでは、チェンジマネジメントチームのみならず、プレジデントやプロジェクトマネジメントチームとも定期的に打ち合わせを行いました。

また、導入先でワークショップを開催し、日欧の経営層、PM、CMチームが直接コミュニケーションを取る場を設けました。メールやオンライン会議だけではなく、国境を越えてリーダーやチームが直接会話することで、変革の必要性とゴールを共通理解する大変貴重な機会となりました。

余談ですが、経営層も「人が重要」と強く認識しつつ、多忙であったり、ステップとしての具体的な方法はご存じないこともあります。そのため、チェンジマネジメントの考え方や成果を体系的に示すことで、人に焦点を当てる具体策に関心を持ってもらい、良い形の支援を頂けると感じています。

社員からのフィードバックの増加と従業員エンゲージメントの向上へ


和田:プロジェクトでのチェンジマネジメント活動の結果や、その後の定着状況について教えてください。

入江:チェンジマネジメント単体による成果とは言えないものの、その効果は社員からのコメントやサーベイの結果に徐々に現れてきていると感じています。荏原グループは117社、約2万人の従業員がおり、ERPを用いた全社的なデジタルトランスフォーメーションは大きな挑戦です。プロジェクトマネジメントの目標は「要件を満たしたシステムを構築し、遅滞なく本稼働に到達する」ことですが、その中でチェンジマネジメントは、レジスタンス(抵抗)管理などの人的側面をサポートし、プロジェクト達成を目指しています。

また、社員の受容への意識(レディネス)醸成も進んでおり、活動に参加した社員から「プロジェクトメンバー以外の社員のマインドも向上した」とのポジティブなフィードバックをもらうこともあります。さらに、従業員エンゲージメントサーベイで「イノベーション・挑戦」に関するスコアが向上しており、社内の挑戦的な雰囲気づくりが進んでいると感じています。

「遅滞なく本稼働に到達する」ことはマイルストーンですが、経営的観点のゴールを達成することがプロジェクトの成功です。本稼働後も新たなオペレーションの定着を図り、改善を続ける「定着支援」にも注力していきたいと考えています。

チェンジマネジメントは様々な場面で活用することができる


和田:変革プロジェクトへの適用を通じてチェンジマネジメントを活用するベースができたとして、次にどのような展望をお考えでしょうか。

入江:システム導入だけでなく、社員の意識変革にもチェンジマネジメントの学びや考え方は重要だと思っています。現在、部長を兼任する、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)の領域でも活用したいと考えています。

「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」は、多様性・公平性・包摂性の概念ですが、荏原製作所では、「従業員が安心して長く働ける職場環境」を目指しています。そのためには、当人だけでなく周囲の意識変革も重要で、DE&I活動への理解浸透にチェンジマネジメントを活用し、多様な人々が活躍できる職場を築きたいと考えています。

DE&Iは人財戦略、経営戦略としても企業が注目しています。まずはこの取り組みの必要性を知るAwareness(認知)を持ってもらい、次に少しでも自分ごと化して「応援したい」「自らも進めたい」というDesire(欲求)のステージまで高められれば、徐々に変わっていくのでは、と思っています。

和田:入江さんの個人的な体験や感想をお伺いしたいです。Prosciの資格認定プログラムを修了し、認定プラクティショナーとしてチェンジマネジメントに取り組んでいるとのことですが、この経験は日々の業務にどう活かされていますか?

入江:以前から経験値や感覚を元に実施してたことを、チェンジマネジメントというフレームワークで体系的に学んだことで、大規模プロジェクトや日常業務で意識的に活かせるようになりました。特にADKAR Modelは非常に有効です。課題やターゲットに応じて異なる内容であっても、様々な場面で気づきがあります。

例えば私が担当している部内で新たなプロジェクトを立ち上げた場合、まずは頭の中でADKAR分析を実施し、メンバーがどの段階にいるかを把握します。そして、社員一人ひとりが認知(Awareness)を得て、欲求(Desire)を感じた後に、知識(Knowledge)を提供し、最終的に能力(Ability)を発揮・活用できる状態に達するようなコミュニケーションを心がけています。

荏原製作所では、社外のお力を借りるだけでなく、その経験や知識を自らの成長に活かす内製化推進の方針もあります。特にADKARの考え方は社内外の方にも知ってもらいたいと思っており、色々なところで思わず、プレゼンテーションの度にADKARを伝えてしまっています。

チェンジマネジメントは成功を目指すための共通言語


和田:ありがとうございます。荏原グループとして、また個人としてのチェンジマネジメントの活用経緯や期待できる効果について貴重なご意見をいただきました。最後に、Prosciチェンジマネジメントプログラムの受講や適用を検討している皆様へ、一言いただけますか?

入江:私自身、以前より気づかず実践していたことが、わかりやすく体系的に学べたのは良い経験でした。知識と経験をフレームワークと照らし合わせて進めていくことで自信も得られ、データやエビデンスを用いたアプローチにより、経営幹部とマネージャの連携を深め、好循環を生み、人的資本経営への連携にもなりました。

また、Prosciの研修資料は非常に充実しており、海外でも現地の言語で同じ内容を受講できることで、プロジェクト開始時に関係者との「共通言語」を早く獲得できました。このチェンジマネジメントの「共通言語」は、社内外を問わず、変革に携わる人々の基盤ともなると思います。

まずは一度、触れて頂いて、学んでみることもお勧めします。社内外で適用できるシーンで活用すれば、実感、手応えをもって推進することができるのでは、と思います。

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変革は往々にして複雑で困難な過程です。集団、それも組織全体の中で、変革を成功裡に推し進めるためには、 新しい考え方と新しいツールが必要です。Prosci ADKAR® Modelは、組織のリーダー、チェンジマネージャー、 およびプロジェクトマネージャーが様々な変革を効果的に推進するための貴重なフレームワークです。ADKAR Modelを 通して、変革の成功に寄与する主要な概念、およびその概念を実際に変革につなげるための具体的な方法を 明らかにします。

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